2007年3月17日土曜日

何か、売春が悪かどうかとかそういう話で盛り上がっている

 いやー…。個人としては、身内には売春なんてして欲しくないよ。そういう意味だとやっぱり、今のコンテキストからすれば僕は差別者になるんだろう。そもそも、"差別"が意味しているのが僕とエントリたててる他の人とが同じかどうかも疑わしいし、議論の基盤があやしいから前に進みそうにないんだけども。その前に、"前"がどこかもわからないし、"前"を目指しているかどうかも怪しい。なんか、最近の議論ってこんなんばっかりなような気がする。考えるところはあるけど、巻き込まれたくはない。

 大上段から、そりゃもうToBeな感じで「職業差別なんてあってはならん!」という人と、身近な自分の感覚として「まぁ、そういう人もいるししょうがないよね」という人がいるように思うけど、心の中に両方持ってる人も多いと思う。
 僕自身としては、恋人や配偶者に対しては普通に独占欲も働くし、病気からくる健康の心配もあるし、収入という意味でも将来の心配がある。どう考えてもなって欲しくない。
 そしてそれ以上に、社会的・文化的な影響から、生理的に「やるのもイヤだし、やってる人もイヤだ」という気持ちが僕の中にあることは、残念ながら拭いがたい。これは、おそらく生物としての人間が持ってる感覚じゃなく、社会的なものからくる感情で、こういう気持ちを持っている人は多いだろう。

 そういう意味で差別が「構造」的な問題だというのは同意だけど、その構造的な問題で持った印象をブログエントリで述べることに対して烈火のごとく怒るのはなんか違うんじゃないかなぁと思ってしまう。まずはやっぱり、自分の中の感覚や立ち位置を表明しないと話はできないわけで、そうでなければ「とにかく相手を攻撃すればいい」みたいになりそうで。

 自らの努力で、なのか、偶然ピュアな思想ではぐくまれて、なのかは知らないけど、売春に対する特別な感情が全く働かない人は幸運だ。売春に対する特別な意識が社会から刷り込まれてしまったがゆえに、そうなりたくてもどうやってもなれない人もいるのだ。あからさまに侮蔑の言葉を投げるような人間・エントリを批判するのはかまわないけど、その他大勢のやるせない気持ちを持っている人も巻き込んで攻撃するような発言はあまり好きになれそうもない。自分の育ってきた境遇を、みんなにとっても所与だと思うのは傲慢だ。

 相手の立場を深く察する想像力なんて持てるはずはないけど、忘れたくはない。こっそりと、Wisdom Of Crowdsの何かのはしくれになることを希望しつつ、独り言。

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